石神井公園駅前の再開発で、住民の取消請求に“棄却”判決…住民の「行政との合意」はどこまで守られるのか?

弁護士JP編集部

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石神井公園駅前の再開発で、住民の取消請求に“棄却”判決…住民の「行政との合意」はどこまで守られるのか?
判決後に記者会見する原告と代理人弁護士ら(7月29日 都内/弁護士JP編集部)

西武池袋線石神井公園駅南口で進む地上約100mのビル等の建設計画(再開発事業計画)をめぐり、地権者が「再開発事業組合」の設立認可の取り消しを求めていた行政訴訟で、29日、東京地方裁判所は原告地権者らの請求を棄却する判決を言い渡した。

本件訴訟では、住民と行政との話し合いの結果策定された「地区計画」で定められたルールの扱いが問題となった。訴訟の経緯、判決の内容からは、住民と行政との間の「合意」によってルールが定められた場合に、それがどこまで法的に保護されるのかという課題が浮かび上がる。

事件と訴訟の概要

本件訴訟は2022年8月に提起された。問題となっている石神井公園駅南口の再開発事業計画は、一帯を更地にしたうえで、高さ約100mのタワーマンションなどを整備するものであり、2024年の着工をめざしている。

練馬区では、2011年に住民との協議の結果「景観計画」が策定され、それに基づく2012年の「地区計画」において、石神井公園から駅方向の景観を保つため、建築物が突出しないよう建築物の高さを抑える旨の「景観形成基準」が設けられた。そこでは最高限度が原則として35mと設定され、一定要件の下で例外的に50mまで認められていた。

しかし、その後、再開発計画が持ち上がり、これを受けて高さ制限が2020年に練馬区によって緩和された。練馬区は地区計画における高さ制限を原則50m、例外的な場合には制限なしとする変更を行った。本件の「再開発組合の設立認可」は、それを前提として行われた([図表]参照)。

[図表]本件の概要(弁護士JP編集部作成)

判決は「最高裁判例の基準」を踏襲しているが…

本件判決は、都市計画に関するリーディングケースとされる最高裁平成18年(2006年)11月2日判決(小田急高架事業認可取消訴訟)が示した基準を用いたものと考えられる。

判例の基準は「判断過程審査」といわれ、行政の裁量の逸脱・濫用の有無について以下の要素が総合的に検討される。

ⅰ)処分の前提となった事実の認識、または評価に重大な誤りがないか
ⅱ)考慮すべき事項を考慮しているか
ⅲ)考慮すべきでない事項を考慮していないか

本件判決において、練馬区は「①本件変更前地区計画等が建築物の高さの最高限度に係る制限を50mとした理由や、②本件変更前地区計画等における建築物の高さの最高限度に係る制限を緩和しなければ第一種市街地再開発事業ができないのかを考慮すべきであったとはいえない」と記載されている。

また、それに加え「(練馬区は)地区計画等の変更可能性を前提として、それらにおける建築物の高さの最高限度に係る制限が土地の高度利用や建物共同化の障害となっているのかという検討をすれば足りる」としている。

判決後の記者会見で、原告弁護団代表の尾谷恒治弁護士は、東京地裁は判例の基準の適用を誤っていると指摘した。

尾谷弁護士:「今回の判決では、『本来考慮すべき事項を考慮しなかった』といわざるを得ない。

私たちは本件訴訟のなかで、50mの高さ制限を変えて100mの建物を可能にするような都市計画変更を行った理由が『本来考慮すべき事項』であることを前提として、それを審理するよう求めてきた。

ほぼ2年間のうち、6~7割はその審理に費やされていたはずだし、裁判所もそこに強く関心を持って審理してきたはず。ところが、判決では、都市計画の高さ制限変更の理由は考慮すべき事項ではないとしてしまっている。

高さ制限はもともと、その土地の高度利用をどこまで行っていいかというルールだったはず。にもかかわらず、判決が、第一種市街地再開発事業で高さ制限が高度利用や建物共同化の障害になっているかどうかを検討すれば足りるとしているのは、高度利用したければおよそ高さ制限を外してしまえばいいと言っているに等しい。

区が再開発事業計画にOKを出し、マスタープランを変えてしまえば、住民との合意と関係なく、再開発事業ができるということを意味する。

この判決が許されるならば、これから事業者は住民の合意を得るための努力をする必要がなくなる。

都市計画の許認可決定を持っている行政主体さえ説得できればいいということになる。そのことが危惧される」

原告弁護団代表・尾谷恒治弁護士(7月29日 都内/弁護士JP編集部)

高さ制限は都市計画の根幹的なルールの一つ

判決は「建築物の高さの最高限度に係る制限は根幹的都市施設(※)に関するものでなく、同制限の緩和自体は土地所有者の利益になるものである」としている。

※根幹的都市施設:都市生活に欠かせない基本的な公共施設

つまり、都市計画において、建物の高さ規制は重要性が低いとしている。

これに対し、尾谷弁護士は、法の趣旨と歴史的経緯からすれば、高さ制限は『根幹的都市施設』かどうかにかかわらず重要な事項であり、考慮に入れなければならない事情だと指摘する。

尾谷弁護士:「建物の量的規制については、昭和になってから建築基準法等で『容積率』が基準とされてきた。しかし、容積率だけでは量的規制として不十分であることが自覚された。

そこで、平成10年代くらいから、都市としての調和を図る法規制のありかたは、容積率だけでなく絶対的な高さ制限を併用してコントロールしなければならないという考え方に変わってきている。

都市はさまざまな人や事業者からなる集合体で、互いの権利利益の調整が必要になる。そのためのルールが都市計画法、建築基準法、その他の関係法令だといえる。そして、それらの法令において、歴史的経緯を考えれば、高さ制限は確実に根幹的なルールの一つだ。

本件判決は、そのことについての理解があまりに欠けているといわざるを得ない」

本件計画と「景観計画」の整合性

次に、尾谷弁護士は、本件計画と、2011年策定の「景観計画」との「整合性」に関する裁判所の判断についても批判した。

すなわち、景観計画を受けて2012年に地区計画で「石神井公園からの眺望の中で突出しないよう高さを抑える」という基準が定められている。

尾谷弁護士によれば、この基準はもともと、109mと94mの高層マンションが建っている状況で「これ以上石神井公園の景観を破壊してはならない」という趣旨で設けられたものであるという。

ところが、判決は「突出しているか否か」の基準について、「周囲との相対的な関係で決まるものであるから、既存の建築物等との比較において検討することが相当である」とし、既存の2棟の高層マンションと比べて「突出しているとまではいえない」と判示した。

尾谷弁護士:「判決の論理は、2015年に練馬区が景観計画より上位の『マスタープラン』を改定し、そのなかで高い建物を建ててよいという方向性へと方針転換が行われたのだから、『突出している』かどうかは既存の高い建物との関係で相対的に判断すればいいというもの。

区と住民の話し合いによって決められた事項について、区の一方的な方針転換によって覆すことを事実上認めてしまっている」

「執行停止」の認容から一転して「請求棄却判決」

本件では、東京地裁が3月に異例の「処分の執行停止」の決定を行い、話題になった。

執行停止は、処分の取消訴訟が係属した場合に、原告の申立てにより、所定の要件をみたした場合に処分の続行をストップさせる制度である(行政事件訴訟法25条2項)。

東京地裁は処分の続行により原告に「重大な損害が発生するおそれ」があると認め、執行停止の決定を下した。しかし、その後、再開発組合が被告(東京都)側に訴訟参加し、同時に異議を申し立てる「即時抗告」を行った。

その結果、東京高裁が5月9日に一転して執行停止の決定を取り消している。なお、原告はこの決定に対し最高裁に特別抗告を行い、現在係属中である(この一連の経緯と問題点については5月21日公開の記事を参照されたい)。

尾谷弁護士は、東京高裁による執行停止の取消が、本件訴訟の判決に影響を及ぼしている可能性があると述べた。

尾谷弁護士:「東京地裁は、執行停止を認めた時には、地区計画は狭い範囲のものなのできちんと住民との合意がなされるよう努力がなされるようにしなければならないと指摘していた。

また、その合意形成の努力が図られたのか疑問を持っており、都市計画との整合性も疑問視していることがうかがわれた。

それなのに今回の判決が出た要因は、裁判所を構成する3名の裁判官のうち裁判長以外の2名が異動になって入れ替わったことに加え、東京高裁が執行停止を取り消す判断を行った影響が考えられる」

原告と弁護団は、控訴するかどうかは未定であるという。なぜなら、控訴しても、執行停止が認められていない状況下では土地の収用・建設工事が進行する。その結果、処分の違法の主張が認められても、判決主文で違法を宣言するにとどめ請求が棄却される「事情判決」(行政事件訴訟法31条)が下される可能性が高いためである。

原告代表の岩田紀子(みちこ)さん、中田嘉種さんは、本件判決が、街づくりに関する住民と行政の合意形成に及ぼす影響に憂慮を示した。

岩田さん:「せっかくみんなで作った地区計画、行政と住民との間の合意形成は重要ではないという判断がされてしまったので、がっかりしている。

住民同士の話し合い、行政との合意形成は大事なことではないか。それを蔑ろにして事を進めてしまう行政でいいのだろうかと、疑問を持っている」

中田さん:「石神井公園は東京都で2番目に『風致地区』に指定された。その精神を住民が今でも受け継いで、住民と行政が話し合って高さ制限の制度ができた。

話し合いでできた制度を、話し合わないで放棄してしまった。特色ある歴史的風土や自然環境を住民が守ろうと思っても、裁判所が認めてくれないようでは、今後、ユニークな地域を保全するという住民の願いが叶えられるかどうかは厳しく、残念だ」

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