「特殊詐欺」見破れず「95万円」の被害を招いた警察官…被害者は“法的責任”を追及できる?【弁護士解説】
大阪府警は6月7日、警察官が特殊詐欺(還付金詐欺)の電話を見破れず、70代女性が現金合計約95万円をだまし取られたと発表した。このようなケースで、被害を防止できなかったことについて、警察側が民事責任を負う可能性はあるのか。
警察官が防げなかった「特殊詐欺」
報道によれば、被害者女性は近所の金融機関で携帯電話をかけながらATMを操作していた。不審に思った通行人が警察官2名に申告し、警察官が女性に声をかけたところ、女性は「ATMのコールセンターに操作の仕方を聞いているだけ」と話した。警察官が電話を代わって話した結果、不審な点はないと判断し、女性は指示通りに振込を行ったという。
なお、女性は1時間前にも約95万円をだまし取られており、被害額は総額約190万円だった。
警察官個人への「賠償請求」は認められない
本件のようなケースで、もし被害者が民事上の請求を行うならば、誰に対しどのような請求を行うことが考えられるか。荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)に聞いた。
荒川弁護士:「まず、前提として、被害者がとりうる手段として当然に認められるのは、犯人に対し『不法行為』による損害賠償請求(民法709条)を行うことです。
損害としては2種類が考えられます。本件であれば、まず、被害額約190万円については当然に損害となります。これに加え、慰謝料を請求することも考えられます。慰謝料の額は10万~20万円程度でしょう。
ただし、請求するためには犯人を特定する必要があります。特殊詐欺の場合、犯人の特定が困難です。
また、仮に特定できて訴訟の提起までこぎつけても、被害額を回収できない可能性があります」
請求する法的な権利を持っていることと、実際にお金を取り返せるかどうかは別の問題ということである。では、警察官個人に対する損害賠償請求はどうか。
荒川弁護士:「警察官は公務員です。公務員の職務行為に関する個人責任については、法の明文の規定はありませんが、判例は個人に対する損害賠償請求を否定しています(最高裁昭和30年4月19日判決参照)。その代わりに国家賠償法という法律があります。
公務員が過失によって違法に他人に損害を加えた場合には、その公務員が属する国または地方公共団体に損害賠償請求をすることが認められています(国家賠償法1条1項)。
本件の場合、大阪府警の警察官の行為が問題となっているので、大阪府に対する損害賠償請求の可否が検討されることになります」
「大阪府」の損害賠償責任を問えるか?
では、仮に被害者が大阪府に対し損害賠償請求の訴えを提起した場合、請求は認められるか。
国家賠償法1条1項の要件をまとめると以下のようになる。
①公権力性
②職務関連性
③過失・違法性
④損害
⑤過失ある行為と損害との因果関係
これらの要件について、どのように理解すべきか。
荒川弁護士:「本件で主に問題となるのは、③過失・違法性と⑤因果関係です。
まず、①公権力性は警察官の場合疑いなく認められます。また、②職務関連性についても、犯罪予防活動は警察官職務執行法5条で定められているので、みたします。
次に④損害ですが、前述のように、2つに分けて考えることが可能です。警察官の犯罪予防行為の対象は被害額約190万円のうち約95万円なので、この額を『損害』ととらえることができます。これに加えて慰謝料が考えられます。
したがって、本件で主として検討すべきは、③過失・違法性と、⑤過失ある行為と損害との因果関係ということになります」
では、③過失・違法性は認められるか。
荒川弁護士:「本件の場合、結論として、警察官に過失・違法性を認めることは難しいと考えられます。
過失・違法性については諸説ありますが、実務上は一体のものとして判断するのが一般的です。判例は『職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と』行為した場合に過失・違法が認められるとしています(最高裁平成5年(1993年)3月11日判決参照)。
本件についてみると、警察官は職務上、可能な限り、犯罪被害を防止するよう行動する義務を負っています。しかし、あくまでも努力義務であって、結果を完全に防止する義務までは求められていないと考えるべきです。
本件の警察官は、被害者女性に話を聞いて状況を確認しました。
これに対し、被害者女性は『ATMのコールセンターに操作の仕方を聞いているだけ』と述べたということです。特殊詐欺で典型的な『還付金があるのでATMで手続きできます』と言われたのとは異なります。
警察官はその話をうのみにせず、電話を代わって相手方と話して確認しています。その結果、被害者女性の話と整合していたので、不審はないと判断しています。
その場の状況にもよりますが、基本的には、警察官に対し、女性の言葉と相手方の言葉が整合しているのに、それでもなお『両者の言葉を疑い、特殊詐欺の可能性を意識して行動せよ』とまで求めるのは酷だと考えられます。
したがって、『職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と』行為したとは言いにくいのではないでしょうか」
「過失・違法性」があったとしても「因果関係」は?
とはいえ、高齢女性がATMで電話をしているという状況は、特殊詐欺が疑われる典型的な場面である。
厳しい見方をすれば、「警察官は特殊詐欺の手口を熟知している立場であり、求められる注意義務の程度が高いのではないか」「少なくとも、なぜ振り込もうとしているのか、どこに振り込もうとしているのか確認すべきだったのではないか」と考えることもできる。
しかし、荒川弁護士によれば、そのように考えて過失・違法性を認めたとしても、結果との因果関係を認めがたいという。
荒川弁護士:「本件で、被害発生への因果の流れを支配していたのは、あくまでも特殊詐欺の犯人です。
つまり、被害者女性はすでにだまされていて、あとは振込をするだけという段階でした。因果の流れはほぼでき上がっていた状態です。
その段階で初めて警察官が関与したからといって、警察官の行為と結果発生との間に因果関係を認めることは難しいと考えられます。
ただし、絶対的に因果関係が否定されるとまでは断言できません。たとえば、被害者女性が迷っていたのに警察官が積極的にOKを出し、それが女性の判断にとって決定的な影響を与えた場合には因果関係が認められる余地があります」
本件において、警察官の職務遂行は完璧ではなかったかもしれない。しかし、法は必ずしも公務員に対して完璧を求めているわけではない。また、結果発生への因果の流れがすでにでき上がっている段階でそれを断ち切ることも決して容易ではない。
特殊詐欺の被害は増加しており、手口も巧妙さを増しているだけに、自衛手段をとることがますます重要になってきている。最低限、大きな額を振り込むよう求められた場合には、その場で判断しないこと、一人で判断しないこと、信頼できる機関等に相談することを徹底しなければならないだろう。
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