国会議員の「名誉毀損発言」に裁判所が異例の“賠償命令”…議員の「免責特権」から市民の名誉・プライバシーを守るには?【憲法学者に聞く】
東京地裁は4月23日、足立康史衆議院議員(日本維新の会)に対し、院内での発言を収録した動画をYouTubeで配信したことについて、名誉毀損に基づく33万円の損害賠償を命じる判決を行った。国会議員は院内での発言について憲法上「免責特権」が保障されるが(憲法51条)、なぜ本件では免責が認められなかったのか。また、国会議員の院内での発言が市民の名誉やプライバシーを侵害した場合、法的な救済はどのように図られるべきか。憲法学者の上脇博之教授(神戸学院大学法学部)に聞いた。
足立議員の院内での「名誉毀損発言」と訴訟の経緯
問題となった足立議員の発言は、2021年6月4日の衆議院内閣委員会で行われたものである。評論家のA氏がある人物を「中国のスパイ」であると主張したことを取り上げ、「明らかにデマだ」と発言した。そして、足立議員は同日、自身のYouTubeチャンネルで質疑の様子を収録した動画を公開し、質疑の様子の隣にA氏の顔写真等を掲載した。
これについて、A氏は足立議員個人に対し、名誉毀損に基づく1650万円の損害賠償の支払いを求めて民事訴訟を提起した。
今回の東京地裁の判決は、A氏への名誉毀損を認めたうえ、国会議員の免責特権の対象外であるとし、足立議員に33万円の損害賠償を命じたものである。
国会議員の「免責特権」が認められている理由
憲法51条の国会議員の免責特権の内容はどのようなものでしょうか。また、どのような趣旨で設けられているのでしょうか。
上脇教授:「国会議員の免責特権は、民事・刑事を問わずすべての法的責任を問わないというものです。
注目すべきは、発言の違法性自体は否定されないということです。名誉毀損のような違法な発言も含め、自由な発言が保障されるという、きわめて強力なものです。
このような強力な特権が認められている理由は、過去の歴史的経緯にあります。歴史的に、政府と議会の多数派が結びつき、議会の少数派を弾圧するということが行われてきました。その際、刑事・民事の責任追及が口実とされることがよく見られました。
この歴史的経緯を踏まえ、国会議員の院内での自由な発言を保障するため、国会議員の院内での発言に限定して、名誉毀損にあたるような違法なものも含め、いっさいの法的責任が免除されるというルールが設けられたのです。
なお、院外での法的責任が免責されるとしても、『院内の秩序をみだした』場合には憲法58条2項の『議院懲罰権』の対象になりえます。実際上、発言だけで院内の秩序が乱されることは考えにくいですが。
また、院外においては政治的責任・道義的責任は免れません。政治的責任というのは、所属する会派から除名されるリスクや、有権者の信頼を失って次の選挙で落選するリスクです」
民事・刑事の法的責任を免除してまで自由な発言を保障しなければならないのはなぜでしょうか。
上脇教授:「議会制民主主義をきちんと機能させなければならないからです。
民主主義において最も重要なことは、国民の代表による自由な発言が行われ、活発に議論がなされることです。
あらゆる問題について、国民の中には様々な対立する意見があります。しかし、国政に関する意思決定を行うには、最終的には多数決で決めなければなりません。
その前提として、それぞれの意見について、前提とする事実認識に間違いがないか、どちらがより合理的なのか、といったことを十分に議論する必要があります。そのためには、自由な発言が保障されなければなりません。
つまり、免責特権には、多数派による少数派の弾圧を防ぐという消極的な意義の他に、自由な議論を保障してよりよい結論を導くという積極的な意義もあると考えています」
本件判決と「免責特権」との関係
本件で問題となったのは足立議員の院内での発言ですが、免責特権が適用されなかったことについて、どのようにお考えでしょうか。
上脇教授:「本件の場合、足立議員の発言は、そもそも免責特権の対象となる『院内での発言』にあたらないと評価されたものといえます。
院内での発言の映像をそのまま公開しただけであれば、法的責任が免除されなければならないのは明らかです。
ところが、足立議員は、院内での発言の映像をベースにしながらも、A氏の顔写真を加えて個人名が特定できるような形に加工して配信してしまっています。
しかも、足立議員は院内で『プライバシーにかかわるので敢えて個人名は出さない』と発言していました。それなのに、YouTubeでは顔写真を出して個人が特定できるようにして配信しています。これは、院内での発言と明らかに矛盾する表現です。
したがって、もともとの発言とは別個の新たな情報を作り出して公開したと言わざるを得ません。つまり『院外での言動』ということになり、そもそも免責特権が適用される場面ではないということです」
本件判決と「最高裁の判例」との関係
最高裁の判例との関係についてうかがいます。最高裁平成9年(1997年)9月9日判決では、国会議員が院内で名誉毀損的発言を行った場合、免責特権の対象となるとしつつ、一定の場合には国が、国家賠償法1条1項により損害賠償責任を負うとしています。この判例と本件との関係は、どのように考えるべきでしょうか。
上脇教授:「まず、前提として、本件は、最高裁の判例が想定している場面とはまったく異なります。
本件はそもそも、『院外での発言』と評価すべきもので、免責特権の対象外と言えます。だからこそ、議員個人の法的責任を問うことが認められるのです。
これに対し、最高裁の判例の事案は、国会議員の『院内での発言』に関するもので、免責特権の対象となる場面です。あくまでも、議員個人の法的責任が免責されることを前提としたうえで、代わりに国が法的責任を負うべき場合があるとしています。
本件をきっかけとして、議員の個人責任を正面から認めるべきだということにはなりません。
それをはっきりさせた上で、私は、最高裁の判例には重大な問題があると考えています」
最高裁の判例の問題点とは、どのようなものでしょうか。
上脇教授:「国会議員の代わりに国が損害賠償責任を負うケースを、かなり限定してしまっていることです。
すなわち、判旨は『国会議員が、その職務とはかかわりなく違法又は不当な目的をもって事実を摘示し、あるいは、虚偽であることを知りながらあえてその事実を摘示するなど、国会議員がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とする』と述べています。そして、判例の事案でも、結論として国の賠償責任を否定しています。
この判例の基準によると、一般市民が国会議員の発言によって損害を受けたときに、法的救済がおろそかになるおそれがあります。
議員の院内での自由な発言を保障すると同時に、発言により名誉・プライバシー権が傷つけられた人の人権もきちんと保障しなければなりません。
国会議員の発言が『権限の趣旨に明らかに背いて』いようといまいと、その発言によって一般市民が名誉毀損やプライバシー侵害といった被害を受けている以上、法的な救済が与えられてしかるべきです。
それなのに、免責特権で議員の個人責任を問えないばかりか、国からも損害賠償してもらえない、法的責任が全く問われないということになると、被害者は泣き寝入りしなければなりません。
したがって、私は判例の論理には大いに問題があると考えています。議員の個人的な賠償責任は問えなくても、発言が名誉毀損・プライバシー侵害等にあたる違法なものであれば国の賠償責任は問える。それも、例外的な場合に限らない、とすべきなのです」
国会議員の名誉毀損的発言等に対する「ペナルティ」のあり方
今日、インターネットの普及と発達により、国会議員が院内で名誉・プライバシー侵害にあたる発言をした場合に一般に知られやすく、かつ拡散されやすくなっています。国民の権利救済の見地から、ペナルティを強化すべきという議論につながっていく可能性が考えられますが、いかがでしょうか。
上脇教授:「国会議員が免責特権の趣旨を理解せずに発言するのは問題ですが、あくまでも議員個人の資質の問題ととらえるべきです。
一般論として国会議員の発言に対するペナルティを強化すべきとか、免責特権を廃止すべきとかの議論につなげるべきではありません。
そのような議論を突き詰めると、議院の多数派が少数派を弾圧できてしまうことにつながり、憲法が国会議員の免責特権を定めているそもそもの趣旨に反することになります。
あくまでも国会議員の院内での自由な発言を保障しつつ、それと同時に、被害を受けた人の権利救済は国に賠償責任を負わせることによって図られるべきです」
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