安倍元総理襲撃死亡事件に伴う言論・表現の自由の在り方について ~民主主義の火を絶やさぬための一宣誓~

安倍元総理襲撃死亡事件に伴う言論・表現の自由の在り方について ~民主主義の火を絶やさぬための一宣誓~

2022年7月8日、安倍晋三元総理大臣が銃撃を受け、死亡するという事件が起きた。この事件にどう対応するかという点において、各報道機関なども混乱が見え、また重大事件が起きると必ず生じる、誤った言説の跋扈(ばっこ)も見られる。言論が暴力によって制されてはならないと同時に、暴力事件が起きたことによって言論を封じようという動きもまた、警戒しなくてはならない。そのような考えのもと、刑事手続きを踏まえた事件報道の在り方や、表現の自由と街頭演説の関係、弁護士の視点から言及し、言論を封じられない姿勢を表明したいと思う。

1. 事件直後に事件を語る不誠実さについて ~無知の知を保て~

重大事件が発生すると、たくさんのテレビ特集が組まれて、連日、事件についての報道が続く。事件発生直後、報道がもっとも加熱する。しかし、これは情報という観点からすると、極めて不誠実でバランスを欠いている。現在、事件を直接担当するもの以外が見聞きしているのは、わずか一行程度に直された被疑者の言葉でしかない。しかも、それは捜査機関が伝えてくるものであり、被疑者の言葉であるかすら、保証されていない。

ある事件について、調書を作成すると、文章についても数ページに及ぶことが通常である。それでも、裁判に携わる者からすると、調書とは、供述者の意思が正確にあらわれていないものである。そのため、特に罪を争わない日常の事件でも、犯罪を行った者が自身の口で事件を語るのが非常に重要であると、少なくとも私は考えている。その際、丁寧に被告人の考えを顕出させようとすると、20分以上の時間がかかるのも通常だ。

それくらい、1人の人間が犯罪行為に及ぶ経緯や動機は、一言では語れないものなのである。にもかかわらず、世間の関心は拙速で、警察から伝わった一言を教義解釈のように深掘りする。また、そのような断片的な情報すら無視して、自らが語りたいストーリーにひもづけるものもある。

逮捕時に得られる情報というのは、警察のような公的機関から発信されるものであっても、正確ではなく、それゆえに罪を認めていても裁判という手続きが行われるという、刑事裁判の基本に立ち返り、裁判が終わるまでわからないという、無知の知、正しい自制心を保つべきである。事実に正確に根差さない言論は、正しい言論ではない。

2. 警備体制が、ヤジ表現の自由を認めたことでおろそかになったという扇動

2022年3月25日、安倍晋三氏の選挙演説中に「安倍やめろ」と述べた有権者を、警察官が排除した行為について、違法と認定する判決が出た。これを、警備活動を萎縮させたと述べる言説が、早速7月8日時点で見受けられた。しかし、これは全く誤りであり、むしろ違法な言論排除活動に注力することこそ、本来的な警備を怠慢にさせるものであると指摘したい。

警察が、権限を行使するためには、法に基づいた前提を要するのは当然である。言葉を発することに危険は存在せず、そもそも警察としての権限を行使する前提にすら欠く。また、穏当ではない言動であっても、対抗意思を向けられる者にとって邪魔であるにすぎず、憲法が保障する「表現の自由」は、表現の相互作用自体に価値を認めている。

むしろ札幌のヤジ排除事件と言われるものは、警察による警護の仕事と、政治家の気持ちを忖度(そんたく)する領分との境が、曖昧になっていたことをうかがわせるものである。安倍晋三氏は、秋葉原において大量の「やめろ」コールを受けて以降、演説に批判者が来ることを過剰に恐れていたことは周知の事実であり、警護に名を借りた聴衆の管理排除が、他の演説会場でも行われていた。今回の安倍晋三氏殺人事件においても、警備の意識が前面に向いていて背後がおろそかではなかったかという点が指摘されており、それは批判者が出現しプラカードが掲げられたり、ヤジを飛ばされたりする前面に意識が行き過ぎていたのではないかとも疑わせるものである。

今回のような事件を機に、正当な言論・表現活動を封じようと難癖をつけるものは、暴力と同じく、民主主義の敵であると強く認識しておく必要がある。政治批判を事件の遠因に求めるものも同様である。そもそも、犯人の動機自体不明確なのは述べたとおりだが、仮に何らかの政治的批判が影響として作用していたとしても、事実や根拠ある政治批判は全く正当な行為であり、萎縮し自粛すべきものではない。

3. 大事件であっても、人の死に対して等しい振る舞いが必要である

今回の事件が衝撃的であるからと言って、その一事によって社会や天地が覆ったわけではない。人が亡くなる事件は日々起きているのであり、報道もあるいは司法も特別扱いせずに行われている。たとえ元総理の殺人事件であっても、途端に今まで存在していた事実や言論を封じなければならない理由はない。そして、事件を明らかにし、本人が説明を行うには、刑事裁判における適正な支援も必要である。

私はかつて、「なぜ悪人の味方をするのか」というテーマでコラムを作成した。

今回、こんな事件にかかわらないでほしいと家族から言われる弁護士の声が、すでにつぶやかれている。「こんな事件」でも、「こんな人」でも、1人ぐらい肩入れする人間がいることにより、真実を解明し、真に適切な処罰を定める手続きが、相互作用によって成立するのである。

私は一有権者として言論の相互作用を、一弁護士として司法における一翼を担うことを、決してやめないことを宣言し、やめてはならないと皆に訴えかけたい。

杉山 大介
杉山 大介 弁護士

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