痴漢を疑われたら逃げろ?微物検査で冤罪はなくなる?~ポスト「それでもボクはやってない」時代の痴漢論~

痴漢を疑われたら逃げろ?微物検査で冤罪はなくなる?~ポスト「それでもボクはやってない」時代の痴漢論~

受験シーズンには、学生を狙う痴漢が増えると言われています。受験に向かわなければいけないため、通報して痴漢に構っている暇がないからだとか。なんとも卑劣な話です。

一方で、痴漢は冤罪が起きやすい事件の代名詞としても扱われます。実際に、痴漢事件に特段その様な特徴があるとは感じませんが、そのようなイメージがあるのは、やはり映画の影響も大きいのかもしれません。

このように、ニュースにしろ、作品にしろ、一般の人でも見聞きしてわかった気になる機会の多い痴漢事件は、時にとんでもないデタラメな話も蔓延(はびこ)っているのを見かけます。そこで今回は、痴漢に絡む俗説などを検証し、情報を整理し直してみたいと思います。

1. 脱・人質司法。逃げなくても良くなった痴漢と逮捕

映画「それでもボクはやってない」では、長期間の勾留によってまず社会生活が破壊される様子が描かれていました。犯罪であることが確定する前から、実質的に社会人として終わってしまう。そのようなダメージの大きさから、テレビ番組「行列のできる法律相談所」でも、『痴漢を疑われたらまず逃げろ』という助言まで出ていたのを、私も記憶しています。

今、私がまずお伝えしておきたいのは、「逃げちゃダメだ」ということです。15年近くたった現在では、痴漢事件で逮捕をするのは当たり前ではなくなりました。元々、逮捕や勾留は、被害者との接触可能性があったり、逃げる可能性があるから行うものです。

ところが、痴漢は通りすがりの事件であるため、被害者を知っているわけでもなく、再度接触することは現実的には難しいという評価がされるようになってきています。また、逃げる可能性が当然に認められるような、当然に刑務所に行くほど厳しい罪でもありません。そのため、通常逮捕や現行犯逮捕をされたとしても、勾留の要件に関する疎明資料を丁寧に用意すれば、釈放を得られる事案がままあります。

そのため、その場から逃げ出して逮捕する理由を与えるような行動は、今はむしろ絶対にとるべきではないというアドバイスになります。痴漢は「逃げちゃダメ」です。

2. 微物検査で冤罪はなくならない~「ない」ことは、何も語らない~

インターネットで少し調べると、なぜか複数人が、「微物検査」で冤罪はなくなったと発言しています。これは、全くのデタラメです。実際に裁判結果を検索してみることでも大うそだとわかりますが、そもそも証拠の扱われ方を考えれば、論理的にありえないとわかります。

刑事裁判は、常に起訴状で読み上げられるような事実(公訴事実)を立証できるかという議論をしています。「Aさんが、Vさんの服の上から、右手でおしりを触った」という事実を立証するのにどんな証拠が必要かと考えると、究極的には「Aさんの右手が伸びてきて触られました」というVさんの言葉だけで足ります。

もちろん、衣服の繊維がAさんの右手から発見されれば、手がVさんに触れたのだろうという推認が働き、よりVさんの言葉を信じられるようになります。何かがあれば、そこから言える事実が出てきます。

それでは、服の繊維が手から出てこなかったことから、触れてないと言えるでしょうか?これを言うには、『服に触れたら必ず繊維が手に付着し、しかも必ず落ちたり離れたりせずに一定時間付着し続ける』という前提が必要になります。

そして、残念ながら服の繊維に、そこまでの前提はありません。そのため、裁判で微物検査による繊維不検出を主張しても、「それでもVさんが触れたと言っているからそれで立証十分。繊維はもしかしたら落ちたのかもしれない」で処理されてしまいます。実際に、そのようにして有罪になっている事件もあります。何かがないことから立証をするのは、皆さんが思っている以上に、仮説の排除と特殊な前提が必要になるのです。

なお、アメリカで著名な冤罪弁護士であるマーク・ゴッドシーが扱った過去の事件では、犯人の服から被告人のDNAが検出されなかったことを、全て無意味として扱われたものも出てきます。繊維片どころかDNAですら、ないことから立証をするのは非常に困難なのです。

3. 罰金に逃げたくなる迷惑防止条例違反、執行猶予に逃げたくなる強制わいせつ

痴漢という犯罪は存在せず、実際の罪名は、「迷惑防止条例違反」か「強制わいせつ」のいずれかです。その区別は、「手で行ったアクションの差」になります。こうすれば罪が軽くなるのかといった誤解を与えかねないため、ここで詳述は避けますが、犯罪の重さが結構変わる要素であるため、仮に少なくとも痴漢をしたことを認めている事件でも、正確な事実認定と評価を得られるようにする必要はあります。

ただ、いずれにしても犯罪を認めるという動機が生まれやすい犯罪であることは同様です。罰金刑相当の迷惑防止条例違反で罪を認めれば、前科はつくもののそもそも裁判にはならずに済み、晒(さら)しものになることを免れます。また、強制わいせつの疑いをかけられた場合、裁判所での振る舞い次第で執行猶予か実刑かが決まってくるギリギリのラインにあることも多いです。この場合、争って刑務所に行くよりはと、罪を認める人も少なからずいます。

このように、痴漢は罪を認めることで得られるメリットが大きく、逆に言えば真実でなくとも罪を認めてしまう誘引も強くなります。

4. 今も「ボク」は、簡単には救えない

冒頭の話に戻ると、逮捕されるかというリスクについては、以前より軽減されています。一方で、一度疑われたら、罪を否定するのは今も容易ではありません。痴漢は卑劣な行為であり、許されません。しかし、罪なき人が罪に問われることもまた、あってはならないことです。

痴漢事件だけが、冤罪のリスクが高いわけではありません。しかし、魔法の道具で冤罪が防げるような、簡単な事件でもないことは、よく理解しておいていただきたいです。

杉山 大介
杉山 大介 弁護士

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