『イチケイのカラス』入間みちおを見守る会のためのウソのようでホントな話2
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『イチケイのカラス』入間みちおを見守る会のためのウソのようでホントな話2

2023年1月13日に放送したスペシャルドラマは、熊本を舞台にしていました。

同月16日、くしくも熊本地裁の刑事裁判を巡って1つのニュースが流れました。『熊本地裁の刑事裁判、特定の裁判官が〝即日判決〟連発 開廷30分で実刑も 「拙速では」と疑問の声』。入間みちおの法廷では絶対起きなさそうな話です。

今回は、刑事裁判の意義について考えながら、小日向文世演じる駒沢部長のモデルとなった裁判官のエピソードも紹介しつつ話をしていこうと思います。

1. 刑事裁判における儀式としての役割を忘れるべきではない

裁判を文化史のような観点からとらえると、ひとつの儀式とも評価できます。

社会が回っていく上で、問題にはひとつの結論を出す必要があり、そのために本来は人間に備わっていない真実を定めるという特別な権限を一部の人間に与え、法服といった“仮装”をさせたシャーマンとして、儀式の進行役を担わせています。そして、神の信託を受けているシャーマンが決めた結論を、人々は敬意を払って受け入れるわけです。

これは別に冗談ではなく、なぜ鬘(かつら)や法服をかぶるのか、なぜ時効という無理やり真実を封じるような制度を設けるのかといった点を突き詰めると、導ける話です。この裁判の儀式性を正しく理解するのが、社会政策的にも重要です。

自分が犯罪をやって裁判にかけられ、自身はろくにしゃべらず30分で結論を出されたとき、その人は自分の行った行為を重く受け止め、二度としないと考えるでしょうか。むしろ、法廷に立つエライ人たちがこの程度と考えているとおり、大したことないと考えてしまうのではないでしょうか。

死刑をのぞく刑罰が、今後の再犯を防ぎ社会の構成員として生きることを期待して科されるのは、疑いようもありません。その効能を最大化させるには、儀式として重厚に行い、当事者が自身の行為を真剣に考えるきっかけを与えること自体に意義があるのです。

そのため、私は刑事裁判が30分で終わるなどあってはならないと思っています。一応フェアに論評すると、この30分判決は、そもそも30分で判決を言うところまで進められているのですから、弁護側は検察官の立証にろくに口を挟まず、自身の立証活動も行っていないのが前提になっています。儀式性が失われてしまっている原因は、裁判官だけにあるわけではないと思います。

ただ、ドラマ『イチケイのカラス』のように、それでいいのかと止められる一番の権限を持っているのは裁判官です。あなたが、それだけの権限を与えられた意義を考えてほしい。裁判官が監修しながら、あり得ないくらい過剰に職権を発動するドラマからは、そのようなメッセージも感じられます。

2. 駒沢部長こと木谷明元裁判官が制度を作った話

でも「イチケイは創作じゃん」という声が聞こえて来そうですが、ここで証人の登場です。冒頭で紹介した記事の末尾では、元東京高裁判事の木谷明弁護士も危機感を表明しています。ドラマ中で駒沢部長は、30件も無罪判決を書いてきたと紹介されていますが、この木谷明元裁判官こそ、実際にそのように裁判官として勤めてきた実在の人物なのです。

私は今回のスペシャルドラマで、併合審理ならぬ共同審理という、既存の手続き的には非常識な手続きを駒沢部長が考案するシーンに、深い意味を感じました。実際、中村アン演じる嶋津奈都子弁護士と、わざわざ刑事訴訟法に関する議論までさせて、「刑事訴訟法第1条の趣旨」なんてセリフを吐かせているのですから、そこは意図的なのだと受け止めています。

実は木谷明元裁判官は、過去に、それまであり得ないとされていた手続きを生み出したことがある人なのです。最高裁昭和58年9月5日決定(刑集第37巻7号901頁)という事件があります。この事件では、少年の保護事件において一応は結論が出された後、あらためて無罪の証拠が見つかったとして保護取消事件の審判が開かれたところ、やはり犯罪があったことを前提とした結論が出たので、弁護側は高等裁判所に訴えでようと考えました。

ところが、保護事件では高等裁判所への抗告が認められていた一方、そもそも明文上の根拠が怪しい中で真実発見のために行われていた保護取消事件は、当然抗告に関する規定も明示的に存在していませんでした。当然、高等裁判所では、そんな手続きはないとして門前払いにあいます。そこで弁護側は最高裁に訴え出ました。

この時、木谷明元裁判官は、「最高裁調査官」という立場にありました。最高裁判事ではないのですが、最高裁で出す結論に必要な法理論などを調査し考える立場で、結論への影響力は大きいです。そして、最高裁では、抗告を認めるという結論が出ました。

その詳細な議論は複雑なので省きますが、本当にざっくり言ってしまうと、元々真実発見のために飛躍した解釈でやっていた事件類型なのだし、保護事件という明文上の根拠があるものと同じようにやろうともしてるのだから、同じように抗告を認めようというものです。決定書には、「少年審判規則55条等の規定の趣旨をも加味して勘案すると」などという非常にふわっとした、駒沢部長のセリフみたいな文言解釈が出てきます。

でも、このような結論が肯定された背景には、裁判官たちの刑事司法に対する重厚な哲学・信念が反映されているのです。

3. 入間みちおや駒沢部長はフィクションではない

過剰な表現は入りますけど、決してペガサスやフェニックスのような幻想の産物ではないと、私は思っています。木谷明元裁判官以外に、原田國男元裁判官など、他にもその信念がドラマに取り入れられた人がいます。また、現役の裁判官でも、事実に対する真剣さを感じられる経験ができた話があります。

まだまだ語りたいところですが、2稿目を字数に達したので、残された小話などは3稿目で記載しようと思います。

杉山 大介
杉山 大介 弁護士

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  • こちらに掲載されている情報は、2023年01月17日時点の情報です。最新の情報と異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。

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