ドラマ好きな弁護士が、オタクな目線で楽しむ『競争の番人』12 ~不当廉売~

ドラマ好きな弁護士が、オタクな目線で楽しむ『競争の番人』12 ~不当廉売~

ドラマ『競争の番人』の最終話(9/19放送)は、安売りの問題でした。

独占禁止法は、「消費者の利益」を守るのが究極的な目的です。その消費者の利益が害されている一番の場面は、高くて悪いものしか買えない、買うことを強いられるという状態です。逆に、競争の成果として挙がるのは、良いものが、より安い価格で手に入るという状態です。

そのため、「不当廉売」というのは独禁法の哲学からすると、少し長期的にマーケットを俯瞰(ふかん)しないと問題が理解できない要素があります。そのメカニズムは、主人公の小勝負さんが説明していましたね?

競争や経済を考えていく上で面白い要素があり、最終話に持ってきたのは、私的にはセンス良いなと思いました。そこで、本稿では、不当廉売を掘り下げつつ、最後に市場というものを再考察してみようと思います。

1. 不当廉売とされるコスト割れとは? ~二重の基準~

売っても赤字になるような売り方は、正当な経済活動とは言えませんし、結局後で市場を支配して補塡(ほてん)しようとしているのでなければ説明がつかないため、不当ということになります。さて、このコスト割れというのが、実はそこまで簡単ではないです。

ドラマでは、仕入価格より安く売られているという露骨すぎる違反でしたが、さすがにそこまでずさんなやり口だったら早々にばれます。法律では、2条9項3号で「供給に要する費用を著しく下回る対価」と呼び、公正取引委員会の不当廉売ガイドラインでは、総販売原価を下回るといった言葉で、問題となる価格設定を指摘しています。

わかりやすいように述べると、売れば売るほど赤字が増えて行く、1個1個が赤字になる価格というのが、「総販売原価を下回っている状態」です。仕入れ原価だけでなく、1個あたりの販売費や一般管理費(たとえば運送費や倉庫費)も加えて、それを下回る場合は「供給に要する費用を著しく下回る対価」として問題にされます。

そして、この著しく下回るには該当せずとも、一般指定6項で「不当に商品又は役務を低い対価で供給」する行為も違反とされています。こちらは、広告費や運営する事業所の経費など、その販売ビジネスにかかる費用全体と比べて赤字になる場合であり、1個1個の商品基準での比較よりは広い概念になっています。法2条9項3号違反だと、重ねて行ったら課徴金の対象にもなりうるのですが、一般指定6項レベルの不当廉売なら、そこまで制裁は重くなりません。

2. キャンペーンや閉店間際セールって大丈夫なの?

廉売が規制されているとすると、こういう安すぎる売り方も問題ではないのかという疑問が出てきます。ただ、独禁法違反は行為だけで認められるわけでなく、あくまで廉売が問題になるのは、法律の各条文にも書いてあるとおり、それにより正当な売り方をしている「他の事業者の事業活動を困難にさせる時」だけになります。

たとえば、セキュリティソフトの期間限定無料キャンペーンであり、全くの無料というわけではなく更新料は徴収して行く仕組みについて、既存業者がむしろ寡占していてそれぐらい打って行かないと新参者は参入が困難であり、むしろ競業業者が増えて競争が促進される側面などがあった点や、セキュリティソフトが値段以外の安全性を重くとらえられているところなどを踏まえて、違反ではないと公正取引委員会(公取委)が公開している事例があります。

また、生鮮食品や季節商品など、一定の時期を過ぎると一気に価値が落ちてしまうものについては、通常の消費期限まで時間がかかる状態と同等とは言えず、赤字を回避するためやむを得ない手段であることなども踏まえてか、不当廉売ガイドラインで、違反にならない「正当な理由」があるとされています。

このように、コスト割れで売ったから違反に直結するわけではなく、その事業活動や販売目的などに合わせた考察が行われる点も、忘れてはいけません。

3. 下町人情は美談なのか?

さて、独禁法ではあくまで法律上定められた基準に基づき、コスト割れの時は独禁法違反として介入すると話してきました。それは、真っ当な商売だと追随できないような市場が作られることにより、廉売を仕掛けた事業主が独占し、その後値上げなどもしてくるという点だけでなく、「健全な市場は安売りが多くなれば良いというものでもない」という視点が含まれていると私は思います。

テレビなどで、昔ながらのおじいちゃんおばあちゃんが、値段を全く変えずに安いままで商品を提供していて、「庶民の味方だ」と「ええ話」として紹介されることがしばしばあります。ほとんど「原価」そのままで出していると。

ただここで、前記コストの話を考えていただきたいと思うのです。“人情商品”にかかっているコストって、仕入れ原価だけではないんですよね。で、しばしば高齢の方の場合、土地や建物代がかからないなどのメリットを持っていたりします。しかも、今後は最低限の売り上げがあれば良いのであって、収入を増やしていく必要がないといった背景事情も持っていたりします。

それが独禁法上問題な場合も実際あると思うのですが、究極的には、独禁法でアウトでなくとも、これから新規参入しようという人や、これから家族も抱えてキャリアアップしていかなければならない人が、到底まねできないような「有利な」前提条件でやってしまっているという側面に気がつく必要があると思います。

確かに、一時的には人情によって幸福になる人が出るでしょう。でも、それによって、その街の健全な市場は崩壊していっているのかもしれない、おじいちゃんおばあちゃんが亡くなったら街にサービスを提供する人がいなくなるかもしれない…とも想像すべきではないか、と、自分は思ったりします。

最初のコラムで、私は独占禁止法・競争法が持つ“哲学”というのが、個別の法律論以上に意味があると語りました。今回、普段触れない独禁法について解説してきたことにより 、市場・マーケットという抽象的な、俯瞰したような概念を意識するきっかけを持つきっかけにもなれていればと、オタクな私は思っております。

なんだか続編か映画が作られそうな終わり方をしていたので、また映像化の機会があれば、いろいろ語ってみたいと思います。

杉山 大介
杉山 大介 弁護士

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