ドラマ好きな弁護士が、オタクな目線で楽しむ『競争の番人』6 ~多角的な検証の必要性~

ドラマ好きな弁護士が、オタクな目線で楽しむ『競争の番人』6 ~多角的な検証の必要性~

2022年8月8日の第5回放送において、またひとつのエピソードが終焉(しゅうえん)しました。

視聴者の目線としては、なんだか「なあなあ」で終わってしまったような印象だったりしますかね? 結局、「排除措置命令」や「課徴金納付命令」も出されたシーンはありませんでした。これでいいのでしょうか? 「いいのだ」と私は思います。

今回は、公正取引委員会(公取委)や独禁法の役割に関する哲学が多分に含まれていた良いエピソードでした。その点に触れつつ、あわせて優越的地位の考え方や、証拠への意識という点でも興味深いシーンがあったため、今回も“重箱の隅”をほじくって行こうと思います。

1. 独占禁止法における優越的地位とは?

今までの行為では、濫用行為、すなわち「いじめ」について着目しました。

その時は、「いじめ」ができるのであるから、優越的地位にもあるのだろうと推認するという思考法を紹介しました。これ自体は、一般論としては間違っていないです。ただ、厳密にはそうでもないかもしれないというのが、今回の5話では肝になっていました。そこで今回は、もう少し優越的地位というものについても、掘り下げてみようと思います。

公取委の考え方は、「優越的地位濫用ガイドライン」に明示されています。取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため、一方にとって著しく不利益な要請等を行っても、一方がこれを受け入れざるを得ないような場合を、優越的な地位にあると言うそうです。

簡単な言葉で言うと、『嫌な要求をしてくる相手でも、その人との付き合いを続けるのが必要だから、言うことを聞かなければいけない関係』ということですね。そのために、全体の売り上げに占める「いじめ」事業者との取引の割合や、「いじめ」事業者の市場における地位、取引先変更の可能性、その他ブランディングに必要な相手であるなどが「考慮要素」としてあげられています。

今回のドラマでも、下請け業者の人たちは売上の大半を「いじめ」事業者であるアレス電機に依存していた様子でしたね。一方で、アレス電機が国際的に活躍する花形企業であることはわかったものの、PCなど電気製品メーカーが他にも多数あるのは常識でわかります。また、下請け事業者の技術は非常に高く、実は市場内でも結構な交渉力を持ってそうというのが今回わかりました。複数の要素を検討すると、優越的地位と言えるほど、選択肢は狭められていたのか疑問も出てきそうです。

たとえば、今回の事案で優越的地位の濫用があったと認定する場合は、下請け業者が主観的には選択肢がないと認識していたところを、アンケート調査によって証拠化し、その状態を利用していたといった、客観的な力関係に加えた事業者同士の関係性をも根拠にして補強したりしそうです(公取委審判審決平成27年6月4日トイザらス事件参照)。

このように、今回の話は、ふたを開けてみると「いじめ」の証拠以外にも要件上弱いところはありました。

2. あくまで取引関係、自由競争を守るのが公取委の役割

罰を下すのが公取委の仕事ではないんですね。過去のコラムでも、さまざまな、任意に事業者側の協力を促す仕組みと”お目こぼし”の制度を紹介しました。多くの実務上の問題が、自己修正案や指導に基づく改善で済んでいるのも事実です。今回も、公取委の人間である小勝負らの緩やかな干渉を受けて、私企業である下請け業者が自ら交渉し、結果として取引関係を是正できました。

これ、理想の解決だと思います。

公取委というスーパーヒーローに頼った状態では、瞬間的には問題を解決できても、事後的な良い市場や取引関係までは作っていけないです。今回、公取委は負けたのではなく、理想の解決に導いたのだと思います。素直に是正方針に取り組むなら、アレス電機に対しても積極的な措置は取られなかった可能性が十分にあります。そうして問題が正されるなら良いのです。

検察と公取委は違うというテーマで描かれた今回の話は、前エピソードで、刑事事件ではなく独禁法を活用せよと述べていた自分にとって、非常に好ましい形で終えました。

3. 検察が信用できるなら弁護士や公取委はいらない

一方で、刑事事件とも共通する要素もあったと思いました。検察の捜査が完璧で、そこで漏れが生じないのであれば、普段の刑事裁判でも弁護士は不要です。わざわざ弁護士という人間に関与させるのは、検察では見落とす視点があるからです。実際、無罪に至った事件では、しばしば証拠が片面的に、有罪の立証にとって好ましい形でしか検証されていなかったことが問題となっています。

また、罪を争う事件でなくとも証拠の再検討は必要です。私も、きっちり証拠を再検証することで、科学捜査研究所(科捜研)の鑑定書が誤っており、事実に反して重い量刑評価に至る鑑定書が作成されていたことなどもありました。人が行う仕事である以上、「完璧」はありません。異なる視点からの検証を加えることで、誤りがなくなります。

同じように、今回公取委も、独禁法や市場の取引関係を考えるという立場から、事件を違う角度で検証し、検察が見逃した事実を発見しました。これも、公取委ならではの仕事をしたと言え、最後は刑事事件の捜査になってしまっていた前エピソードと比較しても自分が好ましいと感じたシーンでした。

4. 私的独占 ~新しいテーマの予感~

今までカルテルや優越的地位の濫用には複数回言及しましたが、独禁法でカルテルと並ぶ問題とされている「私的独占」という行為については、特段言及する機会がありませんでした。

次回、これがテーマのようですね。とはいえ、その具体的な行為態様は非常に多様です。何がより詳細な論点とされるのか、次回も楽しみに待っていようと思います。

杉山 大介
杉山 大介 弁護士

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