信教の自由とお金の問題 ~個人の自由を守るために法律・司法が介入すべき場面~

信教の自由とお金の問題 ~個人の自由を守るために法律・司法が介入すべき場面~

2022年7月8日に起きた安倍晋三元総理銃撃事件において、山上被疑者が統一教会(現:世界平和統一家庭連合)によって家庭が不幸になったこと、その報復として、世界平和統一家庭連合の団体である天主平和連合(UPF)にて基調演説を行うなどした政治家である安倍晋三氏を狙ったことを動機として語っていることが話題になっています。

そこで、前コラムでは、政治と宗教の距離感が問題となっている中にあわせて、司法と宗教の距離感について考察・解説しました。また、信教の自由には、信じることを強要されない自由も大事である点にも言及しました。

今回は、それらを踏まえて、より一般人の救済が必要な逼迫(ひっぱく)した場面に着目し、司法・裁判所がそのような場面でどのように、個人の自由を守るべく団体に介入していくかを話していきたいと思います。

1. 組織から抜けるにはお金が必要 ~個人の自由と金銭的解決は時に不可分である~

宗教団体は、その団体としての目的を掲げており、構成員が人的に頭数として参加するだけでなく、財政的にも基盤となることで活動できています。財産的な独立性を持つこと自体は、組織として外部から支配されないためにも重要なことです。しかし、しばしばその財産に関する点が、個人に対する重い制約になることがあります。というのも、団体に財産も生活も依存し委ねてきた信者は、あらためてその宗教を信じるのをやめて生きて行こうとしても、外で生活を始めるだけの資源に不足してしまうからです。そのため、脱退にともなって、宗教団体とのお金の関係をどうするかという問題が生じ、時にはそのために司法の判断を求めることになってきます。

2. 金銭的救済のための介入と、思想介入への自制 ~ヤマギシ会不当利得返還請求事件~

ヤマギシ会という団体自体を知らない人向けに説明すると、ヤマギシ会は、財産所有を放棄して、原始的な物を共有し合う社会を実践する団体です。物を自分のものであると考える「所有」が争いを生むのであり、所有していた物をヤマギシ会に「出資」して参加し、参画者同士で食料や加工品も消費し合い、衣食住などをヤマギシ会という団体として所有する物から分け合うことを理念としています。「無所有共用一体生活」や「ヤマギシズム」と称されています。

「出資」というと、財産は出資をやめれば戻ってきそうですが、「所有」という概念を放棄して参加する団体である以上、抜けるから財産を返すという発想自体が、団体の思想とは相いれません。そのため、約2億9000万円を出資していた家族が脱退する際、もっとちゃんとお金を返してほしいという紛争が生じました。なお、団体も約4000万円の返還には応じていたため、その残額が争いとなったものです。

この裁判は、第一審が約2億5000万円+4000万円の返還が必要という判断をしました。お金を入れたのだから、脱退時には返しなさいという形です。しかし、これはやや乱暴なところがあります。ヤマギシ会からもらって消費し、あるいは住居として提供されていた部分は、参画者側が受けていた利益であるのに、そこは換算しておらず、最初に「出資」した金額を全額返還させると言うことは、ヤマギシ会の入会方法が丸々違法と評価しているも同義であるからです。

確かに「財産を丸々差し出させる」と聞くと、違和感を覚える人も多いかもしれませんが、それを強制せずに合意で行っている場合に、そのような意思の人たちが集まらないと実践できない社会生活を実現する上で必須の行動を、団体外から頭ごなしに否定するのもまた個人の信教、あるいは思想の自由を害しかねません。脱退する人に思想を押し付けてはならない一方、残っている人たちの思想も頭ごなしに否定してはならないはずです。

そのような考慮の下で、控訴審は1億円+4000万円だけ返還すべきという結論を出します。ただし、この控訴審もまた、難点は残していました。減額の根拠を不当利得という法律上の論点にあわせるべく、参画者が受けていた利益をいろいろ書いているのですが、数値的に1億5000万円分には達しなさそうだったのです。そこで最高裁は、「条理」という言葉を加えて、この1億5000万円の減額を正当化する。その背景には前段落のような、それぞれの自由への配慮があり、それを正面から金銭評価に加えて良いと持ち出したものと考えられます。

この判決から言えるところは、個人の自由のために金銭的な救済をすべく介入は必要である一方、思想や信教を頭ごなしに否定するような判断は避けるというバランス感覚を、司法・裁判所が持っていることです。

3. 手段に着目した金銭的救済のための介入 ~統一教会不法行為に基づく損害賠償請求事件~

「思想」を違法と評価するのは躊躇(ちゅうちょ)します。そこで、司法の介入の仕方として用いられるのが、手段に着目する方法です。「勧誘手段」に問題があった場合、そもそも当事者の合意という前提がなくなるため、合意して行われている団体の思想に司法が一方的に介入するという状況を避けやすい。実際、このような宗教と消費者問題の先進国であるフランスも、そのような手段に着目した規制を取り入れています。

全国霊感商法対策弁護士連絡会の代表世話人である郷路征記弁護士が行った、平成29年(ワ)第40746業、平成30年(ワ)第1501号事件でも、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)を被告として、損害賠償請求が争われ、各信者に約4000万円の損害賠償が認められましたが、ここでも、いたずらに相手を不安に陥らせて畏怖させたり、そのような心理状態につけ込む行為は、信教の自由として行われる宗教活動を逸脱して、むしろ他人の自由意思を害する行為として違法になるとして、「手段」に着目する基準が設けられました。

そして、平成10年頃より25年頃にかけて行われた、宝石や石板、自叙伝などの購入、先祖解呪や愛天愛国、因縁精算などさまざまな目的を理由とする献金などについて、それぞれの違法性を評価して行っています。違法とされた行為をピックアップすると、家族への不幸を示したり、本来ひとつで良いものを大量に買わせたり、すでに金銭的に余裕が全くなくなっている中で借金をさせたり、家族の財産から支払わせた場合などに、自由意思侵害を認める傾向にあります。逆に、高くてもあくまで物の購入として異常な購入の仕方ではなかったり、安価で手の届く範囲のものは違法ではないとされる傾向にあります。

4. 自由を守るために保護や介入が必要なこともある ~ここ数回のコラムの総括として~

この発想は、自由市場の自由競争を守る競争法・独占禁止法でも見られる考え方です。信教や思想良心の自由との関係でも、時に司法・裁判所が介入しないと、個人の自由が守られない場面が見られました。

本来、公権力から自由であれば良かった表現の自由。しかし、SNSやマスメディアなど、情報流通において支配的な当事者たちが存在する中で、個々の自由との衝突は、今後も多くなるかもしれません。その時、司法の介入があった方が自由が守られるのか、しかしそのような強い力に頼るのは危険なのではないか…?われわれは、今後も自らの自由のために、考えて行く必要があります。

杉山 大介
杉山 大介 弁護士

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  • こちらに掲載されている情報は、2022年07月27日時点の情報です。最新の情報と異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。

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