『女神(テミス)の教室』第2話から考える憲法の面白さ入門 ~弁護士のロースクール回顧録~

『女神(テミス)の教室』第2話から考える憲法の面白さ入門 ~弁護士のロースクール回顧録~

突然ですが、私、憲法が好きでした。

正確に言うと、憲法の問題が一番司法試験で面白かったです。そして、だからこそ女神(テミス)の教室第2話は、正直物足りなさ過ぎました。設定していた素材はよかったはずなので、当初のプロットと変わってしまったのかなといぶかしみました。

そこで、今回は憲法問題の考え方を示しながら、銭湯と憲法の意外な関係に触れ、あり得た柊木の授業について考察してみたいと思います。

1. 憲法ってどんな試験問題が出てくるのですか?

まず、憲法の問題を全然イメージできない人も多いと思います。柊木が銭湯の話をしだしたとき、くだらないみたいな反応が出てきました。私は言いたいです。「一見くだらなそうに見える物語に、さまざまな深い考察点が出てくるのが憲法問題でしょうが」と。

私がロースクールで解いた憲法の問題は、例えばエヴァンゲリオンがテーマでした。

はい、あの庵野監督のアニメ作品です。エヴァンゲリオンの舞台になっている箱根で、エヴァコスプレ喫茶が栄え、マナーのよろしくないオタクもたくさん来たことから地元住民と衝突が絶えなくなり、条例でコスプレに使われる露出的な服装での営業や、特定の絵柄のチラシ配布などが禁止されたという設定で、当該条例の合憲性を違憲合憲双方から主張するというものです(なお、問題用紙が手元になく、当時の記憶に基づく記述なので、微妙にずれがあるのはご容赦ください)。

ジョークみたいな話ですが、憲法的に考えると実はすごく練られた出題です。まず、規制方法がリアルです。本当はエヴァを狙い撃ちにしているのですが、条例の文言はあくまで、地域の風紀と秩序を保つためのものとなっています。

そして、争点とすべき権利が、店として営業する自由なのか、コスプレや特定の絵柄を用いる表現の自由なのかも、複数構成できます。さらにこれが一番面白いところだと私は思うのですが、一般的に表現の自由は経済的な自由より強く保護されるなどという定式があるのですが、本件では、経済的な側面を精緻に詰めて行った方が、有効な主張を作りやすかったりします。ただ、この場所で特定の格好や絵を描けないという、部分的な表現手段の話ではなく、ある仕事をしている人の社会生活そのものが継続不可能になっているとする方が、ドラマでも言及されていた薬事法違憲判決とパラレルに考えられ、強く違憲性を主張できる可能性があるのです。

ここで憲法上の論証を全て再現したりはしませんが、お伝えしておきたいのは、憲法問題は、ある出来事について、誰がどのように困っているかを細かく検討していくことにより、強い違憲主張や、逆に規制を正当化する主張の根拠を考えだし見つけることができる、心の通った問題だということです。

2. 憲法上の議論が沸騰する銭湯 ~銭湯はオワコン?~

銭湯は、憲法が何度もテーマになってきた場所です。かつて、銭湯を保護するための距離制限を巡って何度か最高裁判決が出てきました。

昭和30年1月26日の最高裁判決では、家に風呂がないという時代背景を反映し、その存在は公衆衛生のためにあると評価され、距離制限も公衆衛生を目的とした規制であるとされていました。

それから30年後、平成元年1月20日の最高裁第二小法廷判決では、銭湯の公衆衛生としての機能は否定されないものの、銭湯を保護するための距離制限は、この時点ではあくまで零細事業者を保護するための法律だと評価されました。

ところが同年3月7日の最高裁第三小法廷判決では、銭湯はやはり家風呂を持たない人にとって欠かせない厚生施設であり、そのような機能もあるからこそ、零細事業者を保護しなければならないため、距離制限があるのだと評価されました。

なぜこのような議論が起きるかというと、ここもドラマ内で山田裕貴演じる藍井先生が判例を解説する際に言及した規制の目的が、違憲かどうかをどれだけ厳しく審査するかに関わってくると考えられているからです。

零細事業者の保護のような特定の経済活動をひいきする法律は、民主主義な支持を得ていないと制定できず、維持もできません。一方、衛生のような社会全体の利益を目的として掲げられた規制法は、その正当性を主張しやすく、批判も封じられやすいです。そのため、司法がその法規の正当性を評価する要請が強いとされ、簡単には合憲としなくなります。

さて、平成の初頭以降、銭湯への憲法的な評価は行われてきませんでしたが、令和の時代にはどうでしょうか。

銭湯のような一般公衆浴場は、昭和の時代2万軒あったのが、平成2年には1万1725軒になっており、令和3年では3120軒と、大幅に減少しています。一方の自家風呂普及率は、90%後半に達する結果が出たことから、総務省が統計調査を行わなくなりました。そうすると、もはや保護の銭湯の公衆衛生という役割自体消滅したのでしょうか。

ただ、家に風呂がないと言われて銭湯の必要性を強調していた昭和の時代ですら、過半数以上の家に風呂があったという点も忘れてはいけません。少数派であろうと、人権のために特別な保護を求めて良いのが憲法です。私は銭湯がないと困るのだという人がいる限り、銭湯を守ることの必要性自体は生じます。ましてや、昨今は社会の貧困化と光熱費の上昇により、風呂なし住居をもてはやすような記事が書かれる時代でもあります。今後、再び銭湯の役割が向上しないとも言えません。そのとき、銭湯を維持するためにどのような規制が許されるかを考えると、今でも銭湯と憲法はホットトピックになり得るのです。

3. あり得た司法試験にも役に立つ女神(テミス)の教室

これだけ面白い論点がつまった銭湯をテーマにしながら、柊木の授業は憲法の議論になっていませんでした。

その理由は、入れ墨を拒否した銭湯が、『私営』だったからです。憲法は、国や地方自治体が国民の権利を制限したときに適用できる法律です。銭湯を『公営』にするだけで、もっと直接的に憲法の話ができたのに、なぜ私営にしたのか理解できません。

公営の銭湯による入場拒否というオーソドックスな憲法論になれば、いろいろと考えられるところがあります。入れ墨の人であっても、特に家に風呂がない人を想定すると、風呂に入る権利は自身の健康にもかかわる権利として、決して軽視できないものです。

一方、ただでさえ利用者が少なく絶滅の危機にありながら、わずかに残った風呂が家にない人のためにも維持しなければならない銭湯にとって、数少ない利用者を確保し続けることはかなり重要です。その数少ない利用者が、タトゥーつきの利用者を避けて利用できなくなり、銭湯の経営も維持できなくなってつぶれたら、やはり銭湯を利用したい権利を害されてしまう人も出るかもしれない。でも、タトゥーとされるものは全て、そのような弊害を生んでいるのか。そもそも、そのような弊害は本当にあるのか。

こうやって議論していけば、ちゃんと憲法的な考察をしつつ、事件に関わる具体的な人たちにも思いを馳せられたはずです。また、各当事者の立場から考察し検討するのは、司法試験の出題形式とも重なっています。

今回のテーマが道徳の授業で終わってしまったのは、出題の仕方が悪く、また仮に民事訴訟であっても違法かどうかをまず論ずべきテーマで、いきなり実務家しか気にしない損害賠償額に飛びついたから試験に役立たなくなってしまったのだと、憲法の名誉のために言っておきたいです。何気ない日常の場面において問題となっていることの意味を、双方の立場を踏まえながら考察し理解し論じる面白さ。

それがせめて本稿で少しでも伝われば幸いです。

杉山 大介
杉山 大介 弁護士

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